2016年(平成28年)1月1日、元日に「申年」にまつわる場所や山を訪れました。
お猿さんの多そうな嵯峨嵐山の小倉山から初日の出を拝み、その後、神猿さんで知られる新日吉神宮さん(いまひえじんぐう)を参拝。
新日吉神宮さんから太閤坦(たいこうだいら)を上り、太閤秀吉さんの廟墓である阿弥陀ヶ峰の豊国廟(ほうこくびょう)をお参りし、今熊野山を登りました。
新日吉神宮さんと今熊野山の話は前回の記事に。
ハイキングの話は終えていますが、せっかくですので、展望や遠景の話も少しだけ。
「東山三十六峰」阿弥陀ヶ峰の豊国廟。豊臣秀吉墓所。申年の元日。
地理院地図では「阿弥陀ヶ峰」、国有林としては「阿弥陀ケ峯」の表記ですが、古くは「阿弥陀ノ峰」の格助詞揺れも見られました。
寛文5年(1665年)の『扶桑京華志』によると、
「阿彌陀ノ峰」
乃今豊國山也『扶桑京華志』
「阿弥陀ノ峰すなわち今の豊国山なり」と見え、慶長3年(1598年)に息を引き取った豊臣秀吉の墓所が山上に築かれてからは「豊国山」とも呼ばれていました。
阿彌陀ヶ峰頂上には、豊公の墓が築かれ、やがてまたその山麓のいま太閤坦と稱せられる所に、豪壯華麗を極めた豊國廟が營まれたのであつた。
翌慶長四年四月十七日、後陽成天皇は、右の豊國廟に對して、豊國大明神の神號を贈られた。『生ける豊太閤』
現在では総称して「豊国廟」としていますが、当初は阿弥陀ヶ峰の山上が豊臣秀吉の墓所で、その麓にあたる太閤坦が廟所でした。
廟所は豊国大明神(最初の豊臣神社)となりましたが、豊臣家滅亡後に廃れてしまいます。
その後、明治時代に再興された際、現在のように阿弥陀ヶ峰の墓所と廟所跡を豊国廟とし、方広寺さんの大仏殿跡地に豊国神社さんが再建されました。
現状、ネット上ではこの経緯を誤って伝える記事が多いように見受けられます。
「豊國ノ神社」
在二阿彌陀ノ峰西麓大佛殿ノ東ニ一卽豊臣ノ秀吉ノ廟也『扶桑京華志』
『扶桑京華志』では「阿弥陀ヶ峰の西麓、大仏殿の東に豊国神社がある。すなわち豊臣秀吉の廟なり」としています。
中略しますが、この後、秀吉の伝記が続き、
「豊國ノ神社」
信長常ニ呼二猿郎ト一以ナリ二顔似タルテ一レ猿也『扶桑京華志』
顔が猿に似ているゆえ、織田信長からは常に「猿郎」と呼ばれていた、とあります。
お馴染みのエピソードですね。
それだけが理由ではありませんが、このこともあり、「申年」の元日に秀吉さんのお墓参りをしました。
さらに中略し、秀吉の没後の話となり、
「豊國ノ神社」
葬ル二洛ノ之阿彌陀峯ニ一釋ノ興山監ス之築ク二墳ヲ于絕頂ニ一構フ二祠ヲ於山下ニ一『扶桑京華志』
秀吉は阿弥陀ヶ峰に葬られ、山頂に墳(墓)を築き、山下に祠(廟)を構える、としています。
後略しますが、豊国神社の神職として卜部氏があたったと見えます。
この廟、つまり、当初の豊国神社は廃れてしまい、その後、明治時代になり、現在地(東山七条の北西)に再建されました。
昭和初期頃の豊国廟や太閤坦についての話を上の記事で補足しています。
豊国神社さんが(太閤坦ではなく)現在地に再興された経緯についても上の記事のほうが詳しく。
阿弥陀ヶ峰の山上からは木立の合間に清水寺さんが見えますが、昔ほど京都の街並みを見渡すことはできません。
見える方角が異なるため、「代わり」と言えるか分かりませんが、阿弥陀ヶ峰の山麓にあたる太閤坦、つまり、かつての豊国神社跡の高台は見晴らしが良く、ちょっとした展望地となっています。
京都東山・太閤坦(豊国廟)の展望。京都西山、京都南部、遠く大阪方面を一望する。
主な山 | 距離 | 標高 | 山頂所在地 |
---|---|---|---|
鳩ヶ峰 | 14.3km | 142.4m | 京都府八幡市 |
天王山 | 13.5km | 270m | 京都府乙訓郡大山崎町 |
向谷山 (大沢山) | 15.3km | 478.2m | 大阪府三島郡島本町 |
釈迦岳 | 14.7km | 630.8m | 大阪府三島郡島本町 京都府京都市西京区 |
ポンポン山 (加茂勢山) | 15.5km | 678.8m | 京都府京都市西京区 大阪府高槻市 |
小塩山 | 13.7km | 642m | 京都府京都市西京区 |
おおむね南西向き、方位で言えば「未申」(坤)を向いて撮影しています。
昨年、2015年(平成27年)が未年で、今年、2016年(平成28年)が申年ですので、新年の幕開けにふさわしい方角と言えるでしょう。
鳩ヶ峰(男山)と天王山の合い間に遠く大阪方面まで見通すことができます。
伏見城や聚楽第、京都新城の京都のみならず、大阪にも縁が深い秀吉さん。
阿弥陀ヶ峰に墓所を造るのは秀吉たっての願いだったそうですが、阿弥陀ヶ峰や太閤坦から大坂が見えることは当時から知られていたのでしょうか。
京都東山・太閤坦(豊国廟)からコスモタワー、梅田スカイビルなど大阪の高層ビル群を遠望する。
主な建築物 | 距離 | (地上高) | 所在地 | 備考 |
---|---|---|---|---|
The Kitahama | 41.6km | (209.4m) | 大阪府大阪市中央区 | 北浜タワー |
中之島フェスティバルタワー | 41.8km | (199m) | 大阪府大阪市北区 | |
梅田スカイビル | 41.1km | (173m) | 大阪府大阪市北区 | |
大阪府咲洲庁舎 | 51.3km | (256m) | 大阪府大阪市住之江区 | コスモタワー |
2016年(平成28年)の元日は和泉山脈や金剛山まで見えるような日ではなかったものの、冬場ということもあり、さすがに大阪の高層ビル群は見えていました。
太閤秀吉さんの廟所から大阪を遠望すると、普段、大文字山などから大阪を眺めるのとは異なる感慨深さがあります。
中之島フェスティバルタワーの西館(ウエスト)(高さ199m見込)の建設工事が着々と進んでいることが京都からでも分かります。
写真では「中之島フェスティバルタワー」と示している高層ビルのすぐ右(西)のクレーン。
すでにフェスティバルタワーの7~8割前後の高さに迫っているようです。
まだまだこれからですが、いずれ、ザ・パークハウス中之島タワー(高さ193m見込)も京都側から見える可能性があります。
視点を左へ。
京都東山・太閤坦(豊国廟)から鳩ヶ峰(男山)越しに大阪・あべのハルカスを遠望する。
撮影地点から「あべのハルカス」(大阪市阿倍野区)まで45.1km。
肉眼で認識できる方は限られているでしょうが、京セラさんの本社ビルや八幡の鳩ヶ峰の向こうに「あべのハルカス」の上部を見通せます。
あくまでもビルの最上部が見えるのみであり、事前に東山界隈の他の山の上から眺めて位置関係を理解しておく必要があるでしょう。
たとえば、大文字山の火床から鳩ヶ峰越しにハルカスさんを眺めている方には分かりやすい光景かもしれません。
遠くまで見えやすい日であれば、写真では左端の遠方に和泉山脈の一部が見えるはずですが、鳩ヶ峰に遮られるため、紀泉アルプスの雲山峰などは見えません。
視点を左へ。
主な山 | 距離 | 標高 | 山頂所在地 | 備考 |
---|---|---|---|---|
生駒山 | 35.6km | 642.0m | 奈良県生駒市 大阪府東大阪市 | 生駒山地最高峰 |
交野山 | 23.3km | 341m | 大阪府交野市 | 河内富士 |
この日は見えそうになかったものの、空気が澄んだ好条件の日であれば、金剛山は見える可能性が高いでしょう。
伏見の稲荷山に遮られるため、金剛山より左手(東)の遠くの山々は見えません。
後に太閤坦から金剛山や和泉山脈まで見通す機会がありました。その話は上の記事に。
この撮影地点は標高100m未満の低所から50km先のコスモタワーを容易に見通せる点で貴重な遠景・遠見のスポットです。
ベンチなども備わっており、休憩所や展望所として利用しても構わないと考えられますが、付近は女子大さんのバスセンターや駐車場となっていることから、展望地として広まることはないでしょう。
また、よく知られる将軍塚や稲荷山も近いため、わざわざ夜景を眺めるために遠方から訪れる場所でもありません。
ですが、秀吉さんのお墓参りがてらに立ち寄るには良い高台です。
昨年10月、久々に伏見桃山城を眼前に見上げ、その後、トレイルコースから大岩山を登りました。
遠くまで見えやすい日で、淡路島の端まで見えていましたが、当方の時間の都合もあり、とくに記録としては残していません。
思えば、その頃から秀吉さんゆかりの地を巡る旅に出ていたのかもしれませんね。
そうなると、宇治の天下峰や大山崎の天王山も登山しておきたいところです。
この年の春、天下峰を登った日の話は上の記事に。
関連記事 2016年1月1日 京都東山・申年ハイキング
すべて同日の山行記録です。併せてご覧ください。
- 東山三十六峰 今熊野山と阿弥陀ヶ峰 新日吉神宮と申年の猿
- 京都東山 阿弥陀ヶ峰 豊国廟から大阪のハルカスは見える?
阿弥陀ヶ峰 豊国廟(OpenStreetMap日本)
「阿弥陀ヶ峰(アミダガミネ)(あみだがみね)」標高196m
京都府京都市東山区
「新日吉神宮(イマヒエジングウ)(いまひえじんぐう)」
京都府京都市東山区妙法院前側町 付近
「豊国神社(トヨクニジンジャ)(とよくにじんじゃ)」
京都府京都市東山区茶屋町 付近
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