昨晩、2013年(平成25年)7月15日の話。
7月も半ばを迎え、夏の京都は祇園祭で盛り上がっています。
京の東縁にあたる大文字山の火床から、祇園祭の光景そのもの、たとえば、山鉾などは見通せません。
立ち並ぶビルに視線を遮られる影響ですが……、それでも、宵々山の大文字山からは、普段とやや異なる夜景を望めました。
「異なる」とは申し上げても、それは微々たる差(違い)にすぎず、普段から街をよく眺めていないと気付けないでしょう。
また、「火床から」と限定するのは理由がありますが、それはまた別の機会に。
宵々山の夜20時頃、大文字山の火床から、京の街でも上寄りを撮影した写真。
他の日、とくに平日の同時間帯に撮影した夜景と比較して暗く感じます。
外出なさっている方が多いため、休日は家の明かりが点くのが遅いのが常ですが、この夜は祇園祭へ出向く方も少なくなかったのでしょう。
写真の中央上部、ひときわ目立つ明るい星は金星です。
祇園祭宵々山の夜の京都を大文字山から望む。
中央が四条河原町周辺ですが、対して、こちらは普段よりも明るく感じます。
宵々山の夜、当然ながら混雑していたことでしょう。
私は14日の宵々々山、ならびに今晩、宵山は現地周辺にいました。
余談、京都タワーの右手に横に伸びる光が写っていますが、これは新幹線の軌跡です。
昨晩は風が強く吹いており、日没後の三角点や火床は涼しく、快適に過ごせました。
下は火床ではなく山頂(三角点)で撮影した写真です。
夏の大文字山から大阪の超高層ビル「あべのハルカス」を望む。
撮影地点から「あべのハルカス」(大阪市阿倍野区)まで49.6km。
和歌山市最高峰の雲山峰(和歌山県和歌山市)まで95.6km。
日没時の山頂からは、遠く紀泉アルプスの山々が久々にくっきりと見えていました。
当ウェブサイトではおなじみの構図ということもあり、雲山峰以外の山名は表示していません。
和泉山脈の西端部や友ヶ島まで見えるほどの好条件でしたが、なぜだか、間に所在するハルカスさんの見え方はひどく薄れたものでした。
いちおう所在を示していますが、まず分からないでしょう。
西日差す「楼門の滝」。いわゆる談合谷。古くは「龍門滝」の表記も一部で見られます。
滝で涼んでいたら、山頂に到着するのが遅くなってしまいました。
現状、「楼門の滝」が夕日で照らされる季節は限られています。
興味が湧いた方は、なぜ、「楼門の滝に夕日が差す季節が限定される」のか、現地の状況と照らし合わせて、ぜひ、ご自身でも考えてみてください。
それなりに貴重な写真です。
どうでもいい話ですが、「日が差す」も面白く。
「射(さ)す」の訓読みは常用漢字表の表外訓(常用外)ですので、「日がさす」は「日が差す」を当てるのが望ましいとされますが、「日が射す」としても誤りではありません。
後漢代の字典『説文解字』左部には「差、貳也、不相値也。」とあり、本来、漢字としての「差」に「さす」の字義はなく、「一致しない」といった意味合いでしょうか。
『礼記』経解が『易』から「君子慎始、差若毫釐、繆以千里。」と引いており、「はじめはわずかな違いであっても、結果として大きな誤りにつながる」といった意味の四字熟語「毫釐千里(ごうりせんり)」となりました。
大雑把に申し上げて、「毫釐(ごうり)の差(たが)ひ」は「ごくわずかな違い」で、「千里の繆(あやま)り」は「大きな誤り」。
『説苑』や『新書』(賈子新書)、あるいは『史記』太史公自序といった諸誌は、『易』から「失之毫釐、差以千里。」(之を毫釐(ごうり)に失すれば、差(たが)ふこと千里を以てす。)と引いており、意味は同様ながら、『礼記』とは「毫釐の差い」が生じています。
大文字山(地理院 標準地図)
「大文字山(ダイモンジヤマ)(だいもんじやま)」
標高465.2m(三等三角点「鹿ケ谷」)
京都市左京区(山体は山科区に跨る)




















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