2014年(平成26年)6月、梅雨の合間の話。
この日はAさんと連れ立って東山を登りました。
東山と申し上げても、将軍塚でおなじみ京都東山(ひがしやま)ではなく、中国山地東部に属する鳥取県の東山(とうせん)です。
東山(とうせん)の山頂。三等三角点1388.0m(点名「藤仙山」)。
睡眠不足でお疲れのAさん、涼しい……、やや肌寒い山頂でお休み中。
山の上はおそらく20℃にも満たない気温、快適で過ごしやすい環境でした。
東山の標高は1388m。
広義の中国山地に属する山としては標高が高く、これを上回るのは伯耆大山の周辺峰や烏ヶ山、それに、氷ノ山の周辺峰のみ。
美しいブナ林が広がる山として知られているものの、かつては藪、それもネマガリダケ(チシマザサ、スズコ)の太く高い稈(かん)に覆われており、無雪期はハイカーを寄せ付けない山でしたが、何年か前に笹竹が払われたと聞き、新緑を楽しむため、この日の鳥取行きを決めました。
目次
不動院岩屋堂(日本三大投入堂)
東山の東麓にあたる不動院岩屋堂さん。所在地は鳥取県八頭郡若桜町大字岩屋堂。
断崖の岩肌に赤いヤマツツジのお花が咲いています。
この環境であれば、昔は岩肌にセッコクも張り付いていたのでは?
大きな岩壁に開いた岩窟の内に納まるお堂としては、三徳山は三佛寺(三仏寺)さんの投入堂がとくに有名ですが、遠くからでもよく目立つこちらのお堂にも圧倒されるものがありました。
東山も美しい山でしたが、岩屋堂を拝むことができただけでも、京都から遠く離れた因幡の地を訪れた甲斐があったというものです。
三県境(三国境)と沖ノ山
このあたりは鳥取県と岡山県、兵庫県の3県境も近く、岩屋堂さんから南に約6.4kmの若杉峠で岡山県(英田郡西粟倉村)と分け、同じく岩屋堂さんから南に約7kmの江浪峠で兵庫県(宍粟市)と分けます。
令制国で言えば、因幡国と美作国、播磨国の3国境です。
因伯叢書版の『因幡誌』における「八東郡 糸白見村」では、「岸野より南へ九町四十五間と云へり 播磨道なり 村の西に谷あり 延長一里半五十町道其詰の高山を沖ノ山と云ふ 大通りとて播磨堺の大山なり 此里より越る道なし 又谷の間に村落もなし」と、村の西の谷を詰めた先に「沖ノ山」の山名が、「八東郡 吉川村」でも「窟堂村より一里二十町南の谷奥にあり 御制札場なり 馬驛なり 谷の流一筋なれとも東西に峰岐ありて二度渡りす 怪石磊砢として急流なり 奇峰西に高く聳へ山色蒼々たるを沖ノ山と號す 其より山脉南に連りたるを大通山小通山と云ふ 播作両州この山の後に列る 村より道両谷に分れて東南へ越れば播磨へ通す 南西は美作道なり」と、村を流れる谷の西に高く聳える「沖ノ山」の山名が見えます。
糸白見は東山や鳴滝山の北東麓の集落、吉川は東山の南東麓の集落です。
この描写を見るかぎり、東山か、その南に連なり、3国境が近い山域は、かつての八東郡側から「沖ノ山」と呼ばれていたと考えられますが、今も「林道沖ノ山線」(沖ノ山林道)に名前を残します。
ただし、「智頭郡 葦津村」の「三瀧」では「(三瀧は)葦津より三十町餘東南に入る深谷にあり 源を沖ノ山 一名大通山に發して南より西に向て落ち」と、沖ノ山の別称を大通山としており、沖ノ山と大通山を別の山としている八東郡側と扱いが異なります。
八東郡側では「播磨越道行程 吉川村より辰巳大通峠 沖ノ山より一里餘南に連る俗大通山と云ふ播磨の土俗オホドレ峠と云ふ」「美作越道行程 吉川村より未申小通峠大通山の北尾根續き右に沖ノ山を見る俗小通山と云ふ美作の土俗若杉峠と云ふ」としています。
現代において、大通峠は江浪峠の東方に所在し、その東には三室山が連なります。
大通峠は播磨側では訛って? おおどれ峠と呼ばれていたようですね。
若杉峠は現代でも同名の峠が所在しますが、これは美作側での呼称で、因幡側では小通峠と呼ばれていたことが分かります。
また、現在の智頭町には、「沖ノ山」を称する二等三角点1317.9m(点名「中原」)の山が別にあり、やや紛らわしい。
三瀧(三滝)は芦津渓谷に現存し、三滝ダムにも名を残しますので、『因幡誌』の「智頭郡 葦津村」に見える「沖ノ山」は、この点名「中原」の沖ノ山なのでしょう。
大乢の峠から東山を登山
岩屋堂から吉川川沿いを遡り、長くうねった林道沖ノ山線を経て、大乢の峠まで上がり、ダート道に入ってすぐのあたりから東山に取り付きます。
スギも多い樹林帯の中、いきなりの急登でしたが、この日は涼しかったこともあり、また、直射日光を浴びる環境でもなく、きつく感じるのは登り始めだけでした。
ただし、傾斜は険しく、緩い土の質も相まって、下りは注意が必要でしょう。
あとは天然林の中を歩く、ゆったりとしたハイキングとなります。
緑に目を奪われていると、ネマガリダケに足を取られるのはお約束でしょうか。
東山(とうせん)を登頂 中国山地東部の東山
東山の山頂。とくに問題なく登頂します。鳥取県八頭郡若桜町、智頭町。
晴れ間も覗くものの、雲が多く、妙に薄暗い空で、写真写りも今ひとつ。
伐採されたのか、山頂からの見晴らしは良く、広い展望が期待できるため、青空の日や空気が澄んだ冬の日に訪れると、また印象も異なるものとなりそうです。
東山~鳴滝山方面の尾根を歩く
Aさんからカフェインレスのコーヒーをご馳走になります。
なにかとお疲れのAさんを山頂に残し、私は北西の鳴滝山方面へと足を延ばすことにしました。
鳴滝山は鳴瀧山とも表記する三等三角点1287.3m(点名「松尾」)です。
鳴滝山方面の尾根道も払われていましたが、私は途中の小ピークで引き返したため、それより先の状況は分かりません。
京都に戻る時間的な都合もあり、さほど長居ができず残念に思います。
東山から鳴滝山にかけては「沖ノ山杉」(沖の山スギ)なる天然杉の原産地らしいとも聞きますので、機会があれば調査してみたいです。
東山の植物・お花
ナナカマド(七竈)のお花と新緑。
東山の山頂域ではブナとナナカマドが多くを占めており、ブナ帯らしさがありました。
ブナの巨木に絡みつくツルアジサイ。
枯れてもなお立派な木。近くに寄ってみます。
ツルアジサイ(蔓紫陽花)(ゴトウヅル)のお花。咲き始め。
山頂域ではつぼみが目立ちましたが、標高を下げると今が盛りでした。
這うような腰掛けの樹。これも多雪地帯の山頂域ならではでしょうか。
ブナやチシマザサも写っており、この山、この山域をよく表しているようです。
東山の景色・展望 鳥取県八頭郡若桜町・智頭町
氷ノ山方面を眺望 兵庫県最高峰
主な山 | 距離 | 標高 | 山頂所在地 | 備考 |
---|---|---|---|---|
赤倉山 | 13.6km | 1332m | 兵庫県養父市 兵庫県美方郡香美町 (鳥取県八頭郡若桜町) | |
氷ノ山 (須賀ノ山) | 13.7km | 1509.8m | 兵庫県養父市 鳥取県八頭郡若桜町 | 兵庫県最高峰 |
二ノ丸 (氷ノ山三ノ丸) | 12.5km | 1464m | 兵庫県養父市 鳥取県八頭郡若桜町 |
遠くまで見えるような日ではなく、せいぜい20km離れた山が見える程度でしたが、氷ノ山や扇ノ山、三室山、後山といった、この山域を代表する山々は見えていました。
数年前、Aさんと残雪期の扇ノ山を登山した日のことを思い出します。
まだ車では入れない時期だったので、下の雨滝から重い荷物を担いで登りました。
あの年は雪が多い年で、4月にもかかわらず、山頂域はまだ8m近い雪が積もっており、小ズッコの小屋も雪の中に埋もれていました。
気象条件の関係でしょうか、個人的には氷ノ山より扇ノ山のほうが雪が深い印象を受けます。
上の写真や表で、二ノ丸に括弧付で三ノ丸と書いていますが、二ノ丸と氷ノ山三ノ丸の呼称の変遷はややこしい……。
実は、この日、東山をご一緒したAさんのお父様は、かつて、『山と高原地図』の氷ノ山山域の編集にもお関わりになられた方で、そのあたりの事情をご存じないか、Aさんを介してお尋ねしたこともありますが……。
後山方面を眺望 岡山県最高峰
東山から岡山県最高峰である後山方面を望む。兵庫県側からは板場見山とも。南向き。
主な山 | 距離 | 標高 | 山頂所在地 | 備考 |
---|---|---|---|---|
ヒルガタワ | 16.0km | 1171m | 兵庫県宍粟市 | |
植松山 | 15.9km | 1191.1m | 兵庫県宍粟市 | |
後山 (板場見山) | 12.0km | 1344.4m | 兵庫県宍粟市 岡山県美作市 | 岡山県最高峰 |
船木山 | 11.7km | 1334m | 兵庫県宍粟市 岡山県美作市 | |
鍋ヶ谷山 | 11.1km | 1253m | 兵庫県宍粟市 岡山県美作市 | |
駒の尾山 | 10.9km | 1280.5m | 岡山県英田郡西粟倉村 岡山県美作市 | |
くらます | 6.0km | 1282.1m | 鳥取県八頭郡若桜町 | |
三室山 | 9.5km | 1358.0m | 兵庫県宍粟市 鳥取県八頭郡若桜町 | |
高倉 | 6.8km | 1137m | 鳥取県八頭郡若桜町 | |
天児屋山 | 7.0km | 1244.6m | 鳥取県八頭郡若桜町 兵庫県宍粟市 | |
長義山 | 7.4km | 1105.4m | 岡山県英田郡西粟倉村 兵庫県宍粟市 |
眼前に広がる雄大な風景。南向き、私たちが登ってきたコースも見えています。
中央は因播国境(因幡播磨国境)でも江浪峠から天児屋山にかけての稜線です。
私たちは「全域が鳥取県にあたる山」の山頂から眺めていますが、先の写真と合わせ、兵庫県最高峰、岡山県最高峰まで大した距離でもないことがお分かりいただけるでしょうか。
京都で申し上げれば、大文字山の火床から愛宕山の直線距離が約16kmで、それよりも近いのです。
苛烈な厳冬期の光景とは裏腹に、中国山地東部は優しい山容の山が多く、山からの眺めも、また、なだらかな連なりが見えるのみ。
私のように、普段は街中で暮らす人間にとって、中国山地の奥深い山々は寂寞たる別世界のように感じます。
聞こえるのは鳥さんの囀り、それに、午後になり、ヒグラシも鳴き始め……。
山々や緑に包まれていたAさんも、うたた寝からお目覚めに。
名残惜しいですが、帰路のこともあり、そろそろ東山ともお別れです。
沖ノ山林道にはヤマボウシやウツギ、タニウツギといった、この時期を代表するであろう木のお花が数多く咲いていましたが、コガクウツギ(小額空木)らしきお花もまとまって咲いていました。
「らしき」というのは、妙に背が低く、地面を這うように横に伸びており、私が知るコガクウツギやガクウツギとは印象が異なる姿をしているためです。
これも雪の影響でしょうか。
おかげさまで新緑……、にはやや緑濃い森林浴を楽しむことができました。
ありがとうございました。
東山(地理院 標準地図)
「東山(トウセン)(とうせん)」
標高1388.0m(三等三角点「藤仙山」)
鳥取県八頭郡若桜町、智頭町
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