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	きょうのまなざし へのコメント	</title>
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	<description>京都シティドットネット 大文字山や桜や遠景の話</description>
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		<title>
		Maro＠きょうのまなざし より 瓜生山（勝軍山）、茶山、北白川山の由来と歴史 東山三十六峰 へのコメント		</title>
		<link>https://www.kyotocity.net/diary/2015/0228-uryuyama-abeno_harukas/#comment-9431</link>

		<dc:creator><![CDATA[Maro＠きょうのまなざし]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 24 Apr 2026 05:15:51 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[こんにちは。
コメントありがとうございます。

北白川小で編纂なさった郷土史があることは存じていますが、本記事で取り上げるには難しい問題があり、あちらを立てればこちらが立たずの内容となりかねないのが悩ましく。
本記事でも軽く触れていますが、茶屋四郎次郎の別荘跡とされる地に杉山某氏が茶山園を造営なさり、その屋敷や別舎、園地やらが、茶屋四郎次郎の別荘そのものと混同されました。
大学さんが整地なさったのは、あくまでも寂びれた茶山園跡だと考えられます。
戦前や、終戦後の都市計画図と照らし合わせると分かりますが、茶山園には裏山を登る道もありました。
いずれにせよ、とても貴重な記憶であり、お話を伺えて嬉しかったです。
重ね重ね、ありがとうございました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>こんにちは。<br />
コメントありがとうございます。</p>
<p>北白川小で編纂なさった郷土史があることは存じていますが、本記事で取り上げるには難しい問題があり、あちらを立てればこちらが立たずの内容となりかねないのが悩ましく。<br />
本記事でも軽く触れていますが、茶屋四郎次郎の別荘跡とされる地に杉山某氏が茶山園を造営なさり、その屋敷や別舎、園地やらが、茶屋四郎次郎の別荘そのものと混同されました。<br />
大学さんが整地なさったのは、あくまでも寂びれた茶山園跡だと考えられます。<br />
戦前や、終戦後の都市計画図と照らし合わせると分かりますが、茶山園には裏山を登る道もありました。<br />
いずれにせよ、とても貴重な記憶であり、お話を伺えて嬉しかったです。<br />
重ね重ね、ありがとうございました。</p>
]]></content:encoded>
		
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		<title>
		紫狗八一 より 瓜生山（勝軍山）、茶山、北白川山の由来と歴史 東山三十六峰 へのコメント		</title>
		<link>https://www.kyotocity.net/diary/2015/0228-uryuyama-abeno_harukas/#comment-9430</link>

		<dc:creator><![CDATA[紫狗八一]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 23 Apr 2026 05:33:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[管理人さんがご存命なのか？分かりませんが、瓜生山、茶屋四郎次郎で検索してたどり着きました。50年前、私が修学院小学校高学年の頃、小学校の図書室の本棚にあった南隣の北白川小学校の「瓜生山の茶屋四郎次郎邸跡の探索」という感じのタイトルの報告書というか、手製のガリ版刷り小冊子を長らく借りて、長らく読んでいました。現在、京都芸術大学の、白川通りに面した山側の場所に、茶屋四郎次郎邸があり、屋敷がボロボロの状態で残り、池や庭の造作の様子が図説付きで解説されていました。白川通りからは山の斜面のうっそうとした森としか思えず、北白川のパン屋ドンクに出掛けるチャリに乗りながら、この森の内側に茶屋四郎次郎の邸宅が残っているのだな！と、私も入ってみたいと思ったことがありましたが、不法侵入する勇気がありませんでした。当時の京都造形大学は白川通りを西に下った茶山駅の付近に小さなキャンパスがあっただけでした。当時は短期大学でしたね。現在の場所に京都造形大学が建設、竣工した際に、記者会見で、茶屋四郎次郎邸跡のことを聴かれた学長だか学校長が、屋敷は崩壊し、池は残っていたが、埋め立てたというような回答をしておられ、質問者から跡地の保存をすべきでは？という提案をされていたと記憶していますが、その後のことはよく知りません。小学校の図書室にあった児童研究の報告書がまだ北白川小学校、わが母校の修学院小学校に残っているのか？全然分かりませんけど、私の記憶の中に残る瓜生山の茶屋四郎次郎邸跡の記憶でした。失礼致します。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>管理人さんがご存命なのか？分かりませんが、瓜生山、茶屋四郎次郎で検索してたどり着きました。50年前、私が修学院小学校高学年の頃、小学校の図書室の本棚にあった南隣の北白川小学校の「瓜生山の茶屋四郎次郎邸跡の探索」という感じのタイトルの報告書というか、手製のガリ版刷り小冊子を長らく借りて、長らく読んでいました。現在、京都芸術大学の、白川通りに面した山側の場所に、茶屋四郎次郎邸があり、屋敷がボロボロの状態で残り、池や庭の造作の様子が図説付きで解説されていました。白川通りからは山の斜面のうっそうとした森としか思えず、北白川のパン屋ドンクに出掛けるチャリに乗りながら、この森の内側に茶屋四郎次郎の邸宅が残っているのだな！と、私も入ってみたいと思ったことがありましたが、不法侵入する勇気がありませんでした。当時の京都造形大学は白川通りを西に下った茶山駅の付近に小さなキャンパスがあっただけでした。当時は短期大学でしたね。現在の場所に京都造形大学が建設、竣工した際に、記者会見で、茶屋四郎次郎邸跡のことを聴かれた学長だか学校長が、屋敷は崩壊し、池は残っていたが、埋め立てたというような回答をしておられ、質問者から跡地の保存をすべきでは？という提案をされていたと記憶していますが、その後のことはよく知りません。小学校の図書室にあった児童研究の報告書がまだ北白川小学校、わが母校の修学院小学校に残っているのか？全然分かりませんけど、私の記憶の中に残る瓜生山の茶屋四郎次郎邸跡の記憶でした。失礼致します。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		Maro＠きょうのまなざし より 上賀茂 大田の小径ハイキング 黄色の京都タワーを展望 へのコメント		</title>
		<link>https://www.kyotocity.net/diary/2015/0329-ota_no_komichi/#comment-9428</link>

		<dc:creator><![CDATA[Maro＠きょうのまなざし]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 28 Oct 2025 06:57:11 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://www.kyotocity.net/diary/?p=2693#comment-9428</guid>

					<description><![CDATA[こんにちは。
鹿害が大きく、大田神社さん側の取付も東の岡本口も柵が設けられましたが通行自由です。
閉じ忘れにご注意ください。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>こんにちは。<br />
鹿害が大きく、大田神社さん側の取付も東の岡本口も柵が設けられましたが通行自由です。<br />
閉じ忘れにご注意ください。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		山本卓也 より 上賀茂 大田の小径ハイキング 黄色の京都タワーを展望 へのコメント		</title>
		<link>https://www.kyotocity.net/diary/2015/0329-ota_no_komichi/#comment-9426</link>

		<dc:creator><![CDATA[山本卓也]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 28 Oct 2025 06:34:43 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://www.kyotocity.net/diary/?p=2693#comment-9426</guid>

					<description><![CDATA[大田の小径を歩こうと行ってみました。大田神社から100メールくらい歩いた所でシシ除けの柵がありましたが、何も表示されておらず、紐で止めてあった柵を開けて入るのが良いのか悩み、今回はあきらめました。
開けて入っても大丈夫なのでしょうか？]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>大田の小径を歩こうと行ってみました。大田神社から100メールくらい歩いた所でシシ除けの柵がありましたが、何も表示されておらず、紐で止めてあった柵を開けて入るのが良いのか悩み、今回はあきらめました。<br />
開けて入っても大丈夫なのでしょうか？</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		Maro＠きょうのまなざし より 丹波 向山連山 水分れ公園 いそ部神社の桜 附・清水山と珪石山 へのコメント		</title>
		<link>https://www.kyotocity.net/diary/2013/041201/#comment-9424</link>

		<dc:creator><![CDATA[Maro＠きょうのまなざし]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 27 Apr 2025 05:32:02 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://www.kyotocity.net/diary/?p=616#comment-9424</guid>

					<description><![CDATA[そうですね。
プラウドタワー明石じたいは開けた立地にありますので、見通せる地点は多いでしょう。
「124m」は建築物の地上高ですので、それに地表の標高（約3m）と立脚点の視点の高さ（約1m）を加算した約128mを、屋上からの視点の標高値として計算すると良さそうです。
本記事と無関係な話にお付き合いするのはここまでとしますが、持論等を発信なさりたければ、あとはご自身のSNS等を活用なさるとよいかもしれませんね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>そうですね。<br />
プラウドタワー明石じたいは開けた立地にありますので、見通せる地点は多いでしょう。<br />
「124m」は建築物の地上高ですので、それに地表の標高（約3m）と立脚点の視点の高さ（約1m）を加算した約128mを、屋上からの視点の標高値として計算すると良さそうです。<br />
本記事と無関係な話にお付き合いするのはここまでとしますが、持論等を発信なさりたければ、あとはご自身のSNS等を活用なさるとよいかもしれませんね。</p>
]]></content:encoded>
		
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